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手塚治虫が死んで数日たったある日、
当時西武ライオンズに在籍していた清原和博の下に報道陣が多数押し寄せてコメントを求めてきた。
始め清原は「何で俺やねん」と不思議に思っていたが
横で練習している同僚が被っている帽子を見てようやく気づいた。
自分が今被っている帽子のマーク及び球団旗とマスコットキャラの原作者の存在を。
とっさに出た清原の一言が「え、これ手塚先生が描いたんすか?」
後日、フロントから真顔で注意されたらしい。