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人生二十年
神風特別攻撃隊 第六神剣隊 牧野
出撃の前日
御父上様 御母上様、人生わずか五十年とは昔の人の言う言葉。今の世の我等二十年にしてすでに一生と言ひ、それ以上をオツリと言ふ。
まして有三年も永生きせしはゼイタクの限りなり。いささかも惜しまず笑って南冥の果てに散る。また楽しからずや。
金沢備中町、材木町小学校の頃、一月おきぐらいに病気をして弱かった頃、また千葉の家の前のグミの実など、潮干狩のこと、新潟の永き思ひ出、明大に於ける生活下宿、岐阜のこと、寺の娘、釣りのこと、いろいろと断片的に思ひ出されなつかしく、目を閉ずれば眼前に浮かび上ります。ただ御両親様の御健康を祈るのみ。
お父様の例の御病気(何でもこわす短気病)は今後お慎み下されたく、御母上様の御心痛察するあまりあり。
一緒に死ぬのは斉藤幸雄一等飛行兵曹とて二十一才の少年?、かわいい男です。何故か私をしたって大部前から一緒に飛んでいますが死ぬのも一緒です。
出撃の朝
散歩に行くような、小学校の頃遠足に行くような気持ちなり。
〇三〇〇朝めし、すしを食った。あと三時間か四時間で死ぬとは思へぬ、皆元気なり。
牧野少尉の遺筆(知覧特攻平和会館蔵)
〔石川県二十二歳 明治大学から予備学生〕
昭和二十年五月十四日出撃 種子島東方海上で戦死