769 名前:水先案名無い人 投稿日:03/10/06(月) 23:35 ID:ZaWg+q9t
漏れが小学生のころ、ベトナムの難民の女の子が転向してきた。
当時ワルガキグループのメンバーだった漏れは、当然肌が黒いだの、
日本語がおかしいだの、体がガリガリにやせてるだのいじめていた。
女の子はとてもおとなしく、友達もいないようだったが、
漏れたちのイジメにもニコニコ笑いかけ、いつも元気なそぶりを見せていた。
ある日、宿題忘れでたまたまその女の子と漏れだけが居残り学習させられた。
あれは夕方5時くらいだっただろうか。
先生が忘れ物を職員室にとりに行くといったんで漏れたちは2人きりになった。
とりあえず漏れは女の子をからかってやろうと、「おまえ、なんで日本にきたんや?」と話しかけた。
すると、女の子は、ベトナムでベトコンと呼ばれる悪党に追われた毎日や、
すんでいた広い家が焼かれた日、目の前で愛犬を殺して逃げてきた日のこと
(残すと野生化したり餓死するので)、やさしいおじいちゃんやおばあちゃんと離れ離れになって、
今も居場所がわからないことなど、とにかくいろんなことを話したんだ。
いつのまにか女の子の目からは大粒の涙がいっぱいあふれていた。
それでも漏れはワルガキグループから仲間はずれにされるのを恐れ、逃げるのは卑怯だの、
日本でおまえだけ逃げてきて贅沢してるだの、その女の子に罵声をあびせかけたんだ。
そんな時に先生が帰ってきたもんだから、
当然先生は漏れが女の子をいじめたと思って、漏れは激しく怒られた。
女の子は「チガウヨ、チガウヨ、センセイチガウ!」ってかばってくれたけどね。
770 名前:水先案名無い人 投稿日:03/10/06(月) 23:35 ID:ZaWg+q9t
そんなことがあってから一週間後、女の子が突然交通事故で亡くなった。
あとで聞いたところによると、自転車にのっていてトラックにまきこまれたらしい。
女の子が死んだ翌日の放課後、なぜか漏れは職員室にくるように先生に言われた。
職員室に入るなり、先生は「これ、スンさんのお母さんから、あなたにってあずかってるから」
と、漏れにひとつの包み紙とノートを渡した。
不思議に思った漏れが、キョトンとしながらノートをめくると、それは女の子の日記ノートだった。
黒い鉛筆の汚い日本語で毎日数行の日記が文字だけで書かれていた。
おそらく女の子の母親が日本語をおぼえさせるために書かせていたのだろう。
ただ、10月16日の絵日記だけは、色鉛筆で、ノートいっぱいに絵と文章がかかれていた。
そこには大きな家と、たくさんの花・草木と、数人の人が楽しく食事をしている絵だった。
女の子(と思われる絵)の隣には犬の姿も書かれていた。
日記には、この日自分にとって初めて友達ができたこと、
その友達の名前はヨウジくんという名前だということ、ヨウジくんは女の子の話をとてもよく聞いてくれたこと、
宿題を丁寧に教えてくれたこと(教えた覚えはないが)などがつらづらと書かれていた。
そして漏れはノートとともに渡されたもうひとつの包み紙をあけた。
そこには犬のキャラクターの書いてある使いかけの消しゴムがひとつ入っていた。
漏れが宿題の居残りの時に女の子に貸してあげたやつだった。
女の子は母親に、
絵日記を見せながらこの消しゴムはヨウジくんからもらった大切な宝物だと言っていたらしい。
771 名前:水先案名無い人 投稿日:03/10/06(月) 23:35 ID:ZaWg+q9t
あれから、18年、漏れも一人前の大人になりますた。
当時はあんなものを渡されても涙ひとつ見せなかった漏れですが、高校・大学あたりから秋ころになると、
あなたの泣き顔や笑顔がよみがえってきて、夕暮れ時などにしんみりしまつ。
グエン・ティ・キム・スンさん、
あなたが亡くなってからもう18年が経ちまつ。
あなたの書いた絵日記はどこかにいってしまいましたが、
犬の消しゴムはいまでも漏れの机の引き出しに入っていまつ。
幼き日の私の思い出とともに。どうか天国でもお幸せに。
2003年10月吉日 ヨウジより