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716 :スリムななし(仮)さん:2008/10/15(水) 00:40:25
昔の日本人は、シナや朝鮮の茶碗を非常に愛した。これらは向こうの職人がただの日用品として、
美などということは考えずに作ったものである。しかし、そこに素朴かつ質素だが芸術性のある装飾や、
明るく彩られた茶碗の色彩や、機能美などを見出した。そうして、庶民の使う平凡な茶碗に美しさを発見した日本人は、
今度は発見しただけでは済まされなくなって、自分で作ろうとした。それが室町時代に流行した楽茶碗である。
ところが、そういう精神、感覚がだんだんに堕落してきて、わびとかさびとか、ひねくれたものになってしまった。
平凡な、単純な、自然な美というものが、だんだん悪い趣味に落ちてきたのである。
そのうえ江戸時代に鎖国をし、外国からの情報をいっさい断ち切ってしまったところ、
平凡で健康な美が、すっかり忘れられてしまったのである。もともと日本人は美を愛でる民族であったが、
ある時期から日本における美とは、すべてひねくれた抽象的なものに成り代わってしまった。

昭和27年 小林秀雄

718 :スリムななし(仮)さん:2008/10/15(水) 00:44:53
ようするに小林秀雄氏は、わびとかさびとかのわけのわからん日本的美を持ち出し
「これは外国人には理解できないからw」
とオナニーすることほど恥ずかしい行為はないってことを言いたいわけなんだな。
どうしたって、わびさびなんかより西洋のあの美しい街並みのほうに軍配があがるからな。
美は普遍的であり、その普遍的な美で勝負したら日本はボロ負けしちゃうから、
勝手に他に美の水準をもうけて対抗しようとしたのが日本人。
でもしょせんは作り物の美的水準。普遍的な美の前に、その「日本的美」という仮面ははぎとられてしまう。
日本女性と白人女性を並べたら、真実がすべて明らかになってしまうように。