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僕が初めて一人で美容室に行ったときのこと。

中学までおじちゃんが切ってくれる床屋で済ませていたので、女性が切る美容室に行くのはかなり恥ずかしかった。
 それまでに一回行ったことがあるのだが、床屋のおじちゃんはずっと始終無言で接してくれて楽~な姿勢で切ってもらえるが、美容室の女性となるとこれはもうペチャクチャお喋りが止まないぐらい話題を振ってくる。
 何を話せばいいのか分からず、母と行ったときずっと凍ったようにカチンコチンのまま「はい、そ、そうですよね(引き攣った笑い)」の繰り返しで済ませていた。
 それ以来もう美容室なんて行くもんかと決めた。
 
だけど悲劇は訪れた。
 ある日母親から変態みたいに髪が伸びてるから散髪行ってきなさいと言われ、3000円渡された。
 3000円を握り締め、自転車でだるそうにウィリーしながらいつもの床屋に向かった。
 だがいつもの床屋は2週間前ぐらいに潰れていたのを思い出し、あと近くにはあの恐ろしい美容室しかないことに気付いた。
 むぅ、どうするか。当時「美味しんぼ」の海原雄山に憧れていたのであのどっしりとした腕を組んだポーズをとりながら「うーむ」と声に出して考えた。傍から見たらただの馬鹿である。
 うむ、もう高校生なんだし、僕は大人だ。よし、美容室ぐらい行くか!と覚悟を決め、あの女性ばかりいるハーレムの場所へ向かった。

 15分ほどで着き、ドキドキしながら店に入った。すると店員はすぐに反応し、「いらっしゃいませー」ととびっきりの笑顔で対応する。僕は恥ずかしがってクールを気取ろうとカッ、と足を前方に出し、モデルみたいなことを無意識にしてしまった。それに自分が気付くと、うわ、何やってんだ俺、と顔が恥ずかしさでかーっと火照り始め、足を引っ込める。
 ドアの前でまごまごしていると美容室のお姉さんがこちらへやってきた。「今日はカットでよろしいですかー?」またカッ、と足が出てしまった。引っ込める。また足が出る。この時も海原雄山の真似で腕を組んでいたので、その様子はさながら直立したままのコサックダンスのようだった。

恥ずかしくて顔面が鬱血し、破裂するかと思った。美容室のお姉さんはビクビクしてる僕を見て笑い、「じゃあ、こちらへどうぞー」と僕を案内した。
 必死に僕は冷静なんだ、と相手に悟らせるため、あの海原を思い出し、「うむ。」と答えた。ロボコップみたいな歩き方で散髪する椅子へ緊張した面持ちで向かった。
 やはりここは冷静であることを見せるため豪快に座らなければならない。
 どかっ、と首が45度曲がったままイカれた社長みたいな座り方をすると、ぷっ、と美容室のお姉さんは噴出した。

「そんな、こちこちにならなくてもいいよ」

 「はむ(笑)」と僕は答えた。「うむ」と「はい」が混ざったのだ。ますます恥ずかしい。どうにかして平静を取り戻さなければ。

「今日はカットでいいかなー?」

 むっ! なんてことだ、急にタメ口になりやがって、このメス豚! 僕を見下し始めやがった!なれなれしい口調にいささか腹を立てた。
 僕は威厳を見せるためますます海原雄山のポーズを取り始めた。ぶっきらぼうに

「あぁ、カットでお願いしたい」

 自分で書いてても恥ずかしい台詞を吐いた。店員はすかさず聞いてきた。

「今日はどんな風にする?」
「眉毛が隠れるぐらいで、あとは適当に」
「横は髪が隠れるぐらい?」
「ん、まあはい」
「後ろはどれくらい?」
「えーと、お任せします」

 いちいち注文の多い床屋だな。イライラしてると、やっと髪を切り始めてくれた。

 が、緊張していたせいか、突然凄くおしっこがしたくなった。5分ぐらいするともはや我慢出来なくなり、くねくね椅子の上でタコのように体をうねり始めた。
 店員はその異常な動きに気付き、「どうしたの?」と聞いてきた。

(だがここでこの僕ともあろうものが女性の前で厠に行きたいなど言語道断! 絶対に我慢しなければならない!)

 こんなわけわからん決意を固め、「いえ、大丈夫です」と女性店員に散髪を続行させた。
 この女性店員は切羽詰まった表情をしている僕に話しかけにくかったらしく、あまり話題を振ってこなかった。

 我慢し続けて20分後、洗髪に入った。「はい、洗いますよー」と仰向けにされ、顔にガーゼを被されて視界が閉ざされる。
 仰向けにすると膀胱を刺激し、もうこの場で「シュボーーーーーーーーーー!!」と音を立てて失禁するとどんなに楽なのであろうか? などと放尿シーンを想像すると、本当に出そうになった。

 出る。出らん。出る。もう出る。出ちゃう。漏れる。「出る」「出る」「出る」「出る」「出る」「出る」と脳がしきりに警告を出し始めた。
 もう終わりだーーー!!!と心の中で叫び、観念してトイレに行かせて貰うよう店員に頼むことにした。
 
「ひょいれ…」

「えっ?」
「ひょいれ行かしぇてくらさい・・・」
「あれ、さっきから我慢してたの!?」
「ひゃい・・・」

 情け無い声で、もう海原雄山もクソも無い光景だった。

 シャンプーで泡だった頭のまま立ち上がると店員さんはタオルで泡立ったまま頭を拭いてくれて、首にタオルを巻きつけたままトイレへよろよろしながら行った。

会計時。店員は「うふふふ」と笑っていた。金を払い、どうも、と一礼すると「ありがとうございました」のあとにまた「うふふふふ」と笑った。
 この店にはもう二度と行けない。