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34 :名前は誰も知らない:2009/03/10(火) 20:58:52 ID:7hbhxCR30
では今日はオナニー文化論の時間です。
人はなぜオナニーをする時、いい女の画像とかなるべくエロいことを考えるのか?
どうせドピュドピュするだけなら、壁だけ見ながらしても同じことなのに、オナネタを集めずにはいられない。
これを、「いいオナニーができたから満足」「いいオナニーができなかったから不満」という。

次に、食事について。同じ栄養をとるのだから、まずくてもいいはずなのに、人間は料理をして、味付けをする。
同じものを食べても、味が良ければ満足するし、まずければ、栄養があるのに、不満が残る。
これを、オナニー文化論では、「いい食事オナニーができたから満足」「いい食事オナニーができなかったから不満」と呼びます。

このように、人間とは、必要(ドピュドピュとか、食べるとか)に、オナニーを加えてしまうようにできています。
しかしそう考えると、まだ、うんこをする時のオナニーを、人間は考えていないのではないか?
人間にとって、うんこをすることは必要だ。では、気持ちよくうんこをする「うんこオナニー」が考えられるのではないか?
つまり、ある映像を見たり、あるにおいを嗅いだり、ある音楽を聞きながらだと、すごく気持ちいいうんこができるかもしれない。
人間は、まだそういう気持ちいいうんこの可能性に気付いていないのではないか?
おいしい料理を作らずにナマで肉を食べているようなもったいないことをしてないか?
壁だけ見つめ何も想像せずにただドピュドピュしてないだろうか?
我々は今まで何も考えずにうんこをしていたのではないだろうか?
今こそ、うんこオナニーを考え、新しい文明の境地を切り開く時が来たのだ。