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■めんどくさいことをしたくないので、セックスしなくてよいとか二次元がよいとかになるわけですね。
 でも、その方がお互いの為で、そういうめんどくさいことをする男女がセックスを楽しめばよろしい。
 
■そうそう。だから別に「信頼関係を作る努力」なんてしなくていいと思う。
 そういうの耐えられない人はどんどん降りればいいんだよ。
 んで、石原や猪瀬みたいなマッチョが「男のくせにだらしない。女をモノにしろ」と「降りた男性」を抑圧したら批判する。

■ふと違和感を持ったのは、「降りた」「降りたい」男性にとってはとても納得の行く理論ですが、
 「降ろされた」男性にとっては耐えがたい苦痛であろうと想像される点です。

■「降ろされた」というのはどういう状態を指すんだろう?

■例えば障害者などは、降りたくなくても降ろされてしまう部類に入るのではないかと思います。

■なるほど。でも、そういう人達にとってこそ「一人前の男なら女をモノにするのが正常」という
 ホモソーシャルな規範は「耐え難い苦痛」ではないんでしょうか。

■降りるか降りないかの選択権もないまま「あなたはこうした規範から逃れられますよ」と言われても、
 他人がどんなことに痛みを感じるかに敏感でないのだな、という感想を持ちます。

■「黒人奴隷を所有できない白人の痛みを知れ」と言われても、
 黒人としては「それ以上の痛みがある事を知らないんですね」と言うしかないのです。
 勝手に規範を作って女をトロフィーにしてるから得られなければ苦しいわけで、
 「トロフィー」としては正直知った事じゃない。

■「耐えられない人は降りれば良い」という発言から
 「降りなければいけない」へシフトしているように思われるのですがいかがでしょうか。

■”規範が苦しい”→「降りていい。共に規範を批判・解体しよう」
 ”規範は温存したい。でも勝ち組になれないのが苦しい”→「降りなければいけない」
 極端に簡略化するとこういう事かな。規範の温存に荷担するなら(規範上の弱者であっても)抑圧者であることに変わりない。

■考え方は分かりました。しかし生き方や価値観の多様性を支持するなら、
 「勝ち組になれないのが苦しい」人が勝ち組を目指す道も残すべきではないでしょうか。

■弱者を思い通りにすることができなかった=「強者(勝ち組)になりそこねた人間」が
 弱者と自称する最近の風潮にはうんざりしています。
 自己実現が自分一人で叶えられるならその人の勝手ですが、
 弱者を従属させなければ自己実現できないなら、それは強者の論理です。