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例えば、筋骨隆々のスポーツ選手に「すごい筋肉だねぇ」と言う。よくある光景だ。
自分を人間として、スポーツ選手として敬意を払って「すごい筋肉だねぇ」と言って来る相手に対しては、
当のスポーツ選手もあまり悪い気はしないのではないだろうか。
しかし、奴隷狩りが「君は奴隷としての適性がある」という意味で「すごい筋肉だねぇ」と言った場合はどうか。
これを喜ぶ人はまずいないだろう。
しかも「どうして嫌がるの?褒めてあげてるんだよ。その筋肉なら奴隷として良い働きができるよ。
俺、君みたいな奴隷が欲しいなぁ」「俺は君の奴隷としての才能を見出してあげてるんだよ!」
なんて言った場合はどうか。
奴隷狩りは、相手の筋肉は自分たちのためにあるものであり、筋肉の持ち主自身のものであるとは考えない。
筋肉を鍛えていながら、その筋肉を自分たちのために使うことを拒否し、当人自身のために筋肉を使う人に対して、
「俺たちに筋肉を見せつけておきながら、奴隷にならないなんて!」と、勝手に裏切られたような気分を抱く。
女に自分の欲望や幻想を拒まれると、「俺に性を見せつけておきながら、やらせてくれないなんて!」と、
勝手に裏切られたような気分を抱く男、いっぱいいるよね。
性対象にしろ奴隷要員にしろ、相手の人格を無視して、己の欲望や願望を満たしてくれるかどうかでしか
判断していない目線は不快だ。痴漢やストーカーやセクハラオヤジに目を付けられるのは、
奴隷狩りに目を付けられるようなものだ。