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南蛮商人が国人奴隷を信長に献上し、信長はこの男を弥助と命名した。
信長は弥助の黒い肌に驚き、こういう人間がいるということを説明されたが、
それでも疑いを拭い捨てられなかった信長は、自ら弥助の身体を洗った。
しかし、いくら洗っても色が落ちないので、信長は黒人がいるということを認識した。
この時、年齢は26・7歳、身長は6尺2分(約182.4cm)であったという。
弥助は信長の馬廻衆となり、本能寺の変では信長を護って善戦。だが陥落寸前に信長より脱出を命じられる。
脱出した弥助は信忠の手勢と合流。二条城に立てこもって奮戦するも城は陥落。弥助は長益を伴って脱出を謀る。
三重県伊賀の山中に逃れて、闇夜に紛れやすい体色を、大いに買われ伊賀の忍の一派をなす。
七代目の子孫は、水戸光圀(黄門)に召しだされ、風車を手裏剣代わりに投げる技を駆使して黄門様の諸国漫遊の護衛を勤めたという。


246 名前:水先案名無い人[sage] 投稿日:2008/09/05(金) 22:08:21 ID:idTkKnf00
途中から嘘混じってんじゃねーか