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正月休みに小学生のいとこが話してくれた。
 
5クラスある学年に2人、絶対にいじめられる子がいる。
一人はアトピーがひどい女子で、もう一人はキモがられてる男子。
クラス替えで自分のクラスにその二人のうちのどちらかが居ると、一年間はその子だけがいじめられる。
どちらも居なければ、誰がいじめられるかわからない。
絶対にいじめられない子というのも居て、かっこいい男子か、かわいい女子は、どのクラスになってもいじめられない。
お母さんと一緒に子供服のモデルをやっている女子が居て、その子が女子の中で一番有力。
中学受験の塾に行っていてスポーツもできてかっこいい男子が居て、その子が男子の中で一番有力。
そういう子と同じグループの子は絶対にいじめられない。
 
私(ゆとり)の頃より学校が階級社会になるのが低年齢化しているように感じた。
いとこは「絶対にいじめられない階級の子」ではないので、自分の利益を考えるなら、
「絶対にいじめられる子」に同じクラスになって欲しいだろう。
いとこが「絶対にいじめられる子」を救いたいと思うなら、「絶対にいじめられない階級の子」になるしかないだろう。
半端な階級の子が手を出すと、自分もいじめられるようになるだけで、「絶対にいじめられる子」をいじめから救うことはできない。
華族や士族にとってはどうでもいいが、商家や農民は「えた、ひにん」を求めていたことや、
アメリカ北部の知識層富裕層は黒人奴隷を解放しようとしたが、南部の農民たちは強硬に反発したことを思い出した。