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ちょっとまえtwitterでフェイクニーハイが流行ったときに、TLでは男性諸君の嘆きがあふれていた。
自分だって女の子キャラのフィギュアでニーハイの上にちょっとぷにっとなったお肉が
かわいくてたまらないと思っていたのでネタとしては同調していた。

だけど、そのTL中でいつもわりと真面目にアニメなんかを語る人がいて、
その人がまったくネタでは無いテンションで、
「フェティシズムとしての機能を持ったはずのニーハイなんだから、
 そんなことするくらいならニーハイ履こうとするな」
みたいなことを言っていて、それはちょっと違うんじゃないかと思ってしまった。

思い出したのは、「ロリータファッション」とそれにまつわるあれこれである。
「ロリータファッションというものはフェティシズムからは遠く、異性の為、外からの視線の為ではなく
 『自分の体は自分のもの』であるという主張だ」
っていう、「ロリータ=女子の装甲」という様な言葉を見た。
そんな風な考えで着られるロリータっていうのは良いものだな、ってそのとき思ったのだ。

それで、まぁ、それってフェイクニーハイも同じだよな、ってこと。
私は私の見た目をファッションを、私が見せたい様に選択します。
誰の為でもなく、私が私の所有者として見せたい様に私を見せます。
(お肉なんてのせません!!!いやです!!!!)
そんな宣言の様な気がして、何だか凄く素敵だなって思ったんです。

普通に生きている、ちやほやもされないけれどただただ普通の人間として毎日過ごしている
私達に許されることこそが、その「身体の所有」なんじゃないかとぼんやり考える。

アイドルやアニメのキャラクター、彼女たちが持っているのは自身の身体であって自身の身体ではない。
多くの視線、しかもそれぞれが意志と、こうして欲しいという希望を持った視線に加工される身体であって、
それと引き換えに彼女達は輝いているんだと思う。

だから、普通女子は大いにフェイクニーハイを履くべきです。好きな格好を好きなだけしましょう。
ただアニメやフィギュア、グラビアなんかでもフェイクニーハイが流行った暁には飛び降りも辞さないつもりです。