1 名無しさん@明日があるさ :2006/09/08(金) 02:27:07
俺は入社4年目、26歳のリーマン。
大学卒業後、何とか一部上場企業に就職し人並みの
収入を得ている。決して、人にウラヤマシがられるようなステータス
ではないが。
大学を出て、それなりの企業に勤め、それなりの収入を得る・・・
それは全て自分の努力によって手に入れたものだと、
愚かな俺はそう思っていた。
正直、親のありがたみや苦労など今まで考えたこともなかった。
今年のお盆に実家に帰るまでは・・・
今年のお盆、俺は正月以来の帰省をした。
たまたま両親は出かけて留守だった。
リビングでテレビでも観ようとすると、一枚のハガキに目が留まった。
それは、ある金融機関からのハガキ。
中身を見ると、「残高のお知らせ」と書いてある。
???・・・さらに内容を読むと、教育ローン、平成12年○月×日
ご融資・・・などと書かれている。
2 名無しさん@明日があるさ :2006/09/08(金) 02:30:02
「平成12年」俺が、東京の大学に進学した年だ・・・北陸のど田舎から、東京の大学に行きたい!
あのころの俺は家庭の経済状況を考えたことも無く、そんな無茶を
言っていた。
両親は、いやな顔ひとつせずに
「頑張って、勉強しな」といつも俺を支えてくれた。
もちろん、我が家には子供を大学に入れるお金、ましてや東京に
下宿させてまで進学させる余裕はなかったのに。
小さい頃から、両親はずっと共働きだった。
子供心に、自分の家庭は決して裕福ではない・・・むしろ貧しい家庭だと感じていた。
親が子供の大学進学のために、お金を出すことは当然だとそう思っていた。
学費や下宿費用、増額では数百万のお金になる。
それを借金してまで工面し、俺に勉強する時間を与えてくれた。
そんなことに、どうして今まで気付かなかったのか。馬鹿だ、俺は。
俺が大学に合格したとき、就職が決まったとき、一番喜んで
くれたのは両親だった。
今までお金のことで苦労している姿など一度も俺にはみせなかった。
俺が東京に行くとき、「東京は危ないから気をつけて」と声を
かけてくれた母はもう52歳になるのに毎日朝早くから遅くまで働いている。
「子供の成長が一番の楽しみ」いつもそういって、俺を見守ってくれた。
そのありがたみに今やっと気付きました。
これから、頑張って親孝行します。