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父親が人当たりの良いイケメンだった。しかも社内の出世頭だった。
父親は対外的好感度を上げることを最優先に生きているような人で、家族の前では日ごろの鬱憤を晴らすように、
聞くに堪えないような差別的発言を繰り返していた。(障害差別・容姿差別・貧困差別など本当に酷かった)
だから小学生の頃から人当たりの良いイケメンを見ても「この人も好感度の奴隷として生きていくんだろうか」
「そして家族にだけ醜い裏の顔、差別意識をあらわにするんだろうか」という不信感を持ち続けていた。
人当たりの良いイケメンが全て父の同類とは限らない、と思えるようになったのはごく最近のこと。
彼氏の母親も、人当たりの良い美人で、対外的には社交的で上品で知的。
しかし息子に対してはネグレクト同然の扱いだったらしい。
夫や息子をアクセサリーと思っている、自己愛の塊のような八方美人だったと言っていた。
私たちは感じのよい人への不信感を共通項として結びついた気がする。
なかなか共感は得られない。多くの人は、感じのよい美形の異性の心は絶対に綺麗なものだと、信じている。
王子様やお姫様に舞台裏など無いのだと思っている。いいとしをして、ずっと夢を見ている。