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20代:毎日ネトゲや2ちゃんをしながら、このまま一生が過ごせたらいいななどと夢想しつつ、
   自由を謳歌した気ままな生活を送る。2ちゃんでは、身の程をわきまえず、
   団塊世代やマスコミを槍玉に挙げて、高尚な議論をぶって得意になってみたりもする。

30代:やがて親は定年で退職するも、家計を養うために老体に鞭打ちパートに出る。
   いつか変わってくれると信じて。
   しかし親心も分らぬ身勝手な人間であるので、相も変わらず2ちゃんやネトゲに埋没。
   それどころか親不孝にも、2ちゃんで一生このまま過ごすんだとか豪語する。

40代:無理が祟り、突然父親が倒れる。そしてガンの宣告。
   ようやく今後に漠然とした不安を抱く。
   入院費用は高額で、実家の金銭的余裕は徐々に失われていく。
   ある時、死後の自分の生活について、
   父親が心配していると母から聞き、涙する。しかしもはや社会復帰などできない。
   父親の葬儀では親戚一同から白い目で見られてることに気づき、
   居たたまれなくなり実家を飛び出す。

50代 :行くあてもなく数日で家に戻って来るが、
    母親に会わせる顔もなく、ついに完全に部屋に引き篭もる。
    いつしか母親も年を取り、毎日寝たきりとなる。
    しかし介護もせずに放置する。母はうわ言の様に、
    もはや生まれる可能性もない孫の顔を早く見たいと話すが、それを聞く度に憎しみを覚える。
    母親の医療費と生活費で貯蓄も消え、修繕費も払えなくなった実家は、もはや廃屋同然。
    何十年も前の型のPCで繋がっているネットで、無残な現実から逃避する。

60代 :母親は遠い昔にこの世を去った。
    今では電気も水道も動かない。この廃屋を売ろうかとも考えるが、
    売り方も分らず、売れるとも思えない。
    貯金はもうなく、最後の時が迫ってきているのを感じる。
    自分の人生は何だったのか。
    街を歩くと、自分と同年代の人が孫と散歩しているのを良く見掛ける。
    それに対して自分にはもう誰もいない、死んでも誰も気にしない。孤独と絶望。

終末  :死後数年経って発見。共同墓地で無縁仏となる