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なんだろう、このもやもやとした感じは。
発展途上国を旅していると、感情に激しく揺り動かされた挙句にそんなことを思うときがある。
その原因は、道で目にする物乞いたちだ。私が初めて物乞いを自分の目で見たとき、
かわいそうという同情と、想像を絶する目の前の現実に恐怖を感じた。
ポケットから少しばかりのお金や文具、お菓子などを手渡し、
少しでも助けになっただろうかとホッと胸をなでおろす。
しかし、その直後に、「私にも」と、何倍にも増えた乞う手を、
恐怖のあまり思わず振り払ってしまった自分に嫌悪感を抱いたりする。
旅行者の中には、恵みを乞うその手に思わずお金を渡してしまう人、
あまりの不幸な境遇に目を伏せてしまう人もいるだろう。
幼い乳飲み子を抱えて痩せこけた姿で座り込む母親や、四肢のない姿で道行く人にすがる若い男の光景に、
自分はなんて恵まれた環境で生きているのだろうと感じる人もいるかもしれない。
しかし、その境遇が作られたものだったとしたら?
旅先で、このような場面に遭遇したとき、お金をあげるべきか、
あげざるべきか、と悩んでいた私に、さらなる深い問いかけをしてきたのが、
石井光太の著書『レンタルチャイルド―神に弄ばれる貧しき子供たち』(石井光太/新潮社)だ。
この作品では、インドの町に蔓延る物乞いビジネスの、
過酷で衝撃的な実情が、ストーリー仕立てで描かれている。
少しでも同情が集まるようにと、マフィアによって盗まれてきた乳飲み子が、
物乞いの女性たちに有償でレンタルされ、商売となっている現実。
乳飲み子から成長した子供たちが、手足を切断され、失明させられ、
その姿を「売り」として物乞いがなされているという事実。
レンタルチャイルドとして利用されてきた子供たちは、
やがて、ドラッグ、売春、強姦、裏切りの世界から脱することができなくなるという重い運命がそこにはある。