15 : マジレスさん[sage] : 投稿日:2008/08/19 01:59:22 ID:ZCAM+Q2J [1/1回]
苦しいので、吐き出させてください…わたしは今大学一年生です。
6歳のときに母をなくしました。もう12年も前のことですが、未だに苦しんでいます。
母の声も、顔も、体温も、なにも覚えていません。
覚えているのは、私が我侭を言って本を読ませた夜に母が亡くなってしまったということです。
脳の血管が詰まってしまう病気だったらしく、夜中に「いたいいたい」と叫んでいました。
でも私は、弟が髪を引っ張っているんだろうと思って、気づかないフリをして眠っていました。
最後まで母には我侭しか言ってこなかったし、迷惑ばかりかけている娘で、きっと母が喜ぶことは何もしてあげられませんでした。
小学校の卒業式、中学校の卒業式、高校の卒業式、大学の入学式、母に来て欲しかった。
子ども会や学校行事のお迎えは、父が仕事をしていたので、いつも友達のお母さんに「ついで」に車に乗せてもらっていました。
友達が私の前で自分のお母さんの話をするときは、いつも私に「ゴメン、お母さんの話だけど・・・」と断ってから話をしていました。
学校には、こんなに子供がいて、それぞれ家庭があるのに、なんでうちのお母さんが選ばれてしまったんだろう、と思いました。
今でも不思議です。なんで友達の中でうちだけいないのか。未だに分からないんです。
それから、中学にあがるくらいまでずっと夜中に一人で泣き続けていました。
父に「さみしくないか?」と聞かれても、「もう忘れた」と答えていました。
父が再婚のはなしをしたとき、私は「ニセモノのお母さんはいらない」と言ったそうです。
その時父には好きな人がいて、結婚の話をその人に話したらしいんですが、「子供の面倒までは見切れない」といわれたそうです。
私の存在が、父の幸せを奪ってしまった。
母に関する記憶で一番はっきり覚えているのは、病室で生命維持装置をつけている母を見て、
「生きるなら生きて、死ぬなら早くして」と思ってしまったことです。
なんでこんなことおもったのかは分からないです。母のお骨も怖くて触るのを拒否してしまいました。
長文になってしまってすみません。誰にも話せなかったので、打ち明けたかったんです。