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漫画家の集団生活と言えば東京のときわ荘が有名だが、昭和20年代には大阪・松屋町に漫画家が集団生活する共同住宅があった。

松屋町は劇画を中心とした貸本漫画の発信拠点で、手塚治虫も活動していたという。
松屋町は紙の問屋街で出版社も多く立地し、その数は100社を超え東京を上回っていた。

しかし、貸本ブームが過ぎ去り、漫画のスタイルは週刊雑誌での連載へ転換した事で、東京の出版社では次々と週刊雑誌を発行。
一方、大阪の出版社は取り次ぎ制度の影響で、週刊雑誌の発行が認可されず、廃業や事業転換に追い込まれた。
更に手塚治虫が上京した事もあり、大阪にいた漫画家たちは民族大移動のように上京。

楳図かずおも大阪の出版社が潰れた影響で、東京へ上京した。
https://mobile.twitter.com/umezz_meigen/status/1150943190637113344

大阪の出版社は、いまや10社あるかないかの状態だ。

今の出版業界をゲーム業界に例えたら、セガ、ナムコ、タイトー、スクウェアエニックスなど東京の会社だけでゲーム業界が成り立つ感じで、
京都の任天堂や大阪のコナミ、カプコン、SNK、北海道のハドソンなどのゲームが存在しないようなものだ。

大阪の出版社でも週刊連載が出来る仕組みがあれば、より多種多様な作品や未知のキャラクターが世に出たと思う。