253 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/13(土) 13:41:01 ID:igyG50rS
大阪の陣、真田丸の攻防戦の折の事池田忠雄の軍は鉄の盾三枚を足軽六人で持ってその物陰から鉄砲、大筒を撃ち
奮戦した。しかしそこに大野治房の兵が石火矢を撃ちこんで来た為、盾が打ち倒され、
六人の足軽は盾を捨てて陣屋に逃げ込んだ。
大阪城内より豊臣方の一人が櫓に上がり「今盾を捨てて逃げたのは、旗の家紋を見るに
池田家のご一族と見た!そこの盾を取り返さねば末代までの恥となるぞ!」
と、大声で叫び、これに城方はどっと笑った。
池田忠雄は屈辱に耐えかね「誰かあの盾を取りに行くものはおらぬのか!」と叫んだ。
その言葉が終わる前に、池田の陣屋より、黒糸威の鎧と兜を着た、仁王のできそこないのような
大男が、一人で歩いて出て行った。そして城の近くまで行くと
「ただいま盾を取りに行くものは、大した身分ではないが池田忠雄が家臣、川田八助と申す!
幼少より山や川で狩りをして暮らし、頭はあまりよくない!が、これがおびき寄せて殺すための
はかりごとである事くらいは解る!
しかしこのような時に、はかりごとで死ぬのも勇士の道と聞く!これより盾を取り返させていただく!」
こう口上し、盾に走りよってその鉄の塊り三枚を、軽々と持ち抱え、城の方を睨み付けながら
下がり始めた。これには池田方のみならず、豊臣方からもやんやの喝采が起こった。
そこに、大野治房の家臣、小畑源右衛門という鉄砲の名手が八助にしっかりと標準をつけ、撃ち放った。
鉄砲は八助の鎧の背の上部に見事に命中した!
戦場は一瞬の静寂、が、八助は「かすっただけでござる」と、何事もなかったかのように盾を持って
本陣へと帰った。
これに敵味方かかわらず、川田八助を称えぬ者はいなかったと言う。
コメント一覧
No.21918
しかし様式美に則って誇りをかけて正々堂々と命のやりとりするってのは凄いよな、純然たる戦闘民族だ。
いや、大和朝廷が征服したってだけで、同じ民族ではないです。
足軽B「ねー」
足軽C「大砲持って頑張ったよね」
足軽D「向こうからも石火矢飛んできたしね」
足軽E「鉄砲のたま一発で拍手喝采ってずるいよね」
足軽F「ねー」