341 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2014/02/27(木) 18:56:58.33 ID:nbNOJs00
10人姉弟の6番目として戦中に生まれた母親は3歳で終戦を迎え、6歳で樺太から日本に引き揚げてきた
奇跡的に一家全員が無事だったとはいえ日本での生活は苦しく
母親は中学こそ何とか卒業したものの下の弟妹の世話や家の手伝いに追われ
ほとんど勉強できなかったことに悔いを残していた
その後美容師の資格を取り、結婚後も美容師として働いていたが
俺が中学に入ると俺の教科書を借りて勉強を始めた
勉強自体がおよそ20年ぶり、しかも頭の回転も記憶力も10代のようにはいかない
それでも家事を終えた夜、一生懸命に教科書をめくりノートを取っていた
当時の俺は部活一筋で自主的に机に向かうのはテスト前くらいだったが
母親のそんな姿を見るうちに負けてらんねえみたいな謎のライバル心が湧き
自然と勉強する時間が増えていった
342 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2014/02/27(木) 18:59:44.23 ID:nbNOJs00
母親が分からないことについて質問してくることも多くその時にきちんと答えられないのが悔しいという気持ちもあって勉強には熱が入った
しっかり理解していないと人には教えられないし
はっきり理解しないまま何となく流そうとしている箇所に限って母親に聞かれるものだから
母親からの質問に備えて教師に聞きに行くこともあった
俺たちがわいわいやってるのを見ていた妹は、勉強とはよほど楽しいものだと思ったらしく
誰に言われなくても勉強するようになり、自主的に取り組んだ自由研究の大作で全国的な賞をもらったりもした
理系の大学を出ている父親は平日は帰りが遅かったが
休日は俺も母親も歯が立たなかった数学の難問を解説してくれたり
科学館や博物館、史跡など家族の興味に沿った場所に連れて行ってくれた
母親は最終的に通信だが高校、大学を見事卒業
俺と妹も大学で学んだことを生かした職に就くことができた
「自分がやりたくてもできなかったから」と子どもに夢を託す親は多いが
まず自分があきらめず取り組む姿を見せてくれた母親は本当にかっこいいと思ってる
コメント一覧
中々出来るもんじゃない。
子供5人目ができるまでコンドームの存在を知らなかった
そうなwしっかりしろ、体育教師!
たくさん子供を産んで礼状貰った人もいるって祖母から聞いたことある。
昔は結婚する年齢も若いしね。
では将軍様、嫁を紹介するのでモニターから出してくれませぬか
(無理して伸ばす必要はないのだが、知的好奇心のない
親のせいで、子供の芽を摘んでしまっていることはありうる)
アキバ加藤やイッチーの親みたいな自分の世間体のみで子供を育てる人達
最高にアホ ((( ヽ
〈⊃ )
∩___∩ | |
|ノ ヽ| |
/ ● ● | /
| (_●_)ミ/
彡、 |∪| /
`/ __ヽノ /
(___) /
だろ?
※3が解説してくれてるけど、昔の戦国時代なんか跡取りのほかに兄弟がいると跡取り争いが起こるリスクあるじゃない。
でも何人か子供をつくったのは、いまみたいに病院にいけば治る病気・怪我でも当時は死活問題だったから保険の意味でも
何人か用意しておかないといけなかった、という背景がある。息子1人傾注のパターンでも、こいつに任せとけばうちは
安泰じゃ!⇒若くして戦死のコンボで悲しみ荒れ、腑抜けてしまったため家中が大混乱に陥った長宗我部元親みたいな例もある…
だから子供は塾に行かせず通信教育にして一緒に勉強する。