526 名前:人間七七四年[] 投稿日:2008/11/17(月) 17:32:11 ID:ZDlEkbdP
岡左内それから質実剛健の上杉家の侍ながら、守銭奴と罵られるほど金を貯め、しかし関ヶ原の時
その金を全て主君景勝に差し出した。
こんな逸話で有名な岡佐内。彼は関ヶ原の後、減封された上杉家から身を引き、牢人となった。
この左内には関ヶ原での武勇から、召抱えを望む大名は多く、特に、直接に戦った伊達政宗は
熱心に誘った。
「三千石でどうか?」
破格の条件である、が、左内は断った。「わたくしには多少のたくわえもあります。
今後は仕官することなく、悠々自適に暮らしたいと思います。」
この言葉が世間に伝わり、恐慌に陥った家があった。上杉家である。
上杉家には、ただでさえ左内から借金をしている者が多くあった。しかも関ヶ原の敗戦による
減封、転封で、みな、経済的に苦境に立たされている。
「左内の”たくわえ”とは、われらの借金の事だ。左内が借金を取り立てに来るのだ」
領内の動揺は大きく、ついに家老、直江兼続が直々に左内の元に訪ねて行く事態となった。
兼続は、左内に聞いた。「わが家中の者達の借財を、どのようにするつもりか?」
左内は兼続を、屋敷の庭に案内した。焚き火が焚かれていた。
「こうします」
その火の中に、借用書をことごとく、投げ入れた。
また、自分が仕官しなかったことが、上杉家の人々を不安にさせたことを恥じ、蒲生家への
仕官を決めた。
兼続は、「何故あれほどの男を手放してしまったのだろう。彼のような男こそ、本当に必要なのに。」と、
後々まで語ったとか。
528 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/17(月) 17:38:53 ID:EOB5isa0
かっこいーなー普段は締めて(でも同僚に金貸してやってる辺り、守銭奴っていう評価はひどい)
本当に必要なときには直接自分のためでなくても金を惜しまないって
言うのは簡単だけど実行するのは簡単じゃないよな
529 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/17(月) 17:54:48 ID:ZDlEkbdP
>>528
自分の部屋に大量の銭敷き詰めて、その上でゴロゴロ寝転がる、なんてことしてたからねw
守銭奴呼ばわりされても仕方ない部分もある>左内
531 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/17(月) 18:11:43 ID:Zh1XKBpg
左内は自分の部屋に大量の銭敷き詰めてその上を裸でゴロゴロ転がる趣味があるので
同僚達から気持ち悪がられていた反面
大事が起きたという報告が入ると敷き詰めた銭をそのままに
駆け出すという一面もあり。
お金が大好きで大好きで仕方ないが
お金より大事なものもちゃんと分かってるって感じだな。
左内は松川の戦いで政宗に斬り付け陣羽織を奪ったという逸話もあったりして、
関ヶ原のあと景勝から「越後」の名を貰う。
そんな左内さんは元々蒲生家臣なので蒲生転封に際し
会津に入ってきた上杉家に仕えたが蒲生家に出戻ったということさ。
534 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/17(月) 18:48:34 ID:POvaT1GA
札束風呂に入って「ヴェッヘ~」みたいな邪悪な笑み浮かべてる奴を時々雑誌の広告ページで見ます
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なるほど