241 名前:1/2[sage] 投稿日:2012/11/06(火) 21:08:24.01 ID:y9u1DvmK
さてさて天正10年(158582)、皆さんご存知、本能寺の変であるこの時徳川家康は酒井左衛門尉忠次、植村右衛門佐ばかりがお伴して、堺を見物し、
これを茶屋四郎次郎が案内として付いていた。
そんな堺の家康のもとに、本多平八郎忠勝は本能寺の変を聞きつけるや否や直ぐ様
駆けつけた。
そこでは家康は「この少人数で三河まで引き上げるのは不可能だ。ここで切腹する!」
と決意していた。
ここに忠勝進み出て
「仰るように、どの道も本道は皆、敵中であると考えるべきでしょう、しかしながら
ここで殿が御自害なさる事ではござらぬ。間道を抜けてそこから山越しに伊賀路へと出れば、
別議なく帰国できます!」
しかし家康
「そうは言うが、我らは上方に不慣れな者ばかりである、どうやって敵の知らぬ間道を
通るというのか?」
「その段はそれがしにおまかせあれ!!!」
忠勝、朗らかにそう言うとどこかに走っていった。少しして帰ってきた。誰かを引きずって
「この辺りの村の庄官を捕らえてきました!!!」
突然の拉致にガタガタ震えている庄官に
「おい貴様!ここにおられる殿のご案内をいたせ!しかしもし騙すようなら…お前を即座にぶっ殺す!」
(悪しく導き奉らば、忽に打殺す)
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