ソニンは激怒した。必ず、かの邪知暴虐のユウキを除かねばならぬと決意した。ソニンにはビジネスがわからぬ。ソニンは、在日コリアの歌手である。歌をうたい、ダンスを踊って暮らして来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明ソニンは家を出発し、ママチャリ乗って、電車に乗り換え、いつもどおりふつうにこの事務所にやって来た。ソニンにはお金も、コネも無い。人気も無い。同じ事務所の、より子。とツートップだ。このより子。は、ハーモニープロモーションの秘蔵っ子で、近々、メジャーデビューするという噂もある。しかしあくまで噂である。実際はまだまだインディーズレーベルでやって行くということだ。ソニンには竹馬の友があった。上戸彩である。今はこの芸能界で、アイドルをやっている。元々、Z-1というグループで歌手としてデビューしたのだが、彩だけが売れてしまい、ほかのメンバーとは一触即発の状態になってしまったのだ。それゆえ、彩はソニンという友達を心から大切に思っていた。さて、事務所に着いたソニンは、少し見回して、周囲の様子を怪しく思った。ひっそりとしている。元々繁盛していないのもあって、事務所に活気が無いのは当たり前だが、けれども、なんだか、そればかりのせいでは無く、会社全体が、やけに寂しい。暢気なソニンも、だんだん不安になって来た。偶然会った後藤真希をつかまえて、何があったのか、先日ここに来たときは、廃れているといっても、その中に、それなりの活気があったはずだが、と質問した。後藤真希は、首を振って答えなかった。しばらくたって和田に会い、今度はもっと、語勢を強くして質問した。和田は答えなかった。ソニンは両手で和田の体をゆすぶって質問を重ねた。和田は、はばかる低声で、わずかに答えた。
「ユウキ様は、キャバクラに通われます。」
「なぜ通うのだ。」
「年頃だから、というのですが、みんながみんなそうなるわけではないと思います。」
「ほかにも何かあるのか。」
「はい、以前はホテルから脱走を。それから、失踪を。そのまま、日光へ。それから、京都も。豪遊でございます。戻ってからは、罰則である坊主頭になることも嫌がられました。そのまま、復帰を。失踪中は携帯の電源を切っておられたようでございます。」
「おどろいた。国王ユウキは乱心か。」
「いいえ、乱心ではございませぬ。青春を、謳歌したい、というのです。戻られてからは、臣下とともにキャバクラ通いをなされていたそうでございます。それが見事にフライデーされて、今回、責任を取って脱退なされたのでございます。発売予定だったファーストアルバムも中止となりました。それから、イベントも。」
 聞いて、ソニンは鼻血が噴出した。「あきれた王だ。生かして置けぬ。」
 ソニンは、単純な女であった。鼻血を、垂れ流したままで、のそのそユウキ邸にはいって行った。たちまち彼女は、巡邏の警吏に捕縛された。調べられて、ソニンの懐中からはキムチが出てきたので、騒ぎが大きくなってしまった。ソニンは、ユウキの前に引き出された。
「このキムチで何をするつもりであったか。言え!」暴君ユウキは静かに、けれども威厳をもって問いつめた。そのユウキのワキは真っ黒で、毛は、森林のように茂っていた。
「CDをソロで出すのだ。」とソニンは悪びれずに答えた。
「おまえが?」ユウキは憫笑した。「仕方の無いやつだ。おまえでは、俺の知名度にはかなわぬ。」
「言うな!」とソニンは、いきり立って反駁した。「途中で投げ出すのは、最も恥ずべき悪徳だ。ユウキ様は、ファンの声援すらも疑って居られる。」
「疑うのが、正当な心構えだと、俺に教えてくれたのは、おまえたちだ。ファンの心は、あてにならない。ファンも、もともとは肉欲のかたまりさ。CDも、買ってはくれぬ。」暴君は落ち着いて呟き、ほっと溜息をついた。「俺だって、ブレイクすることを望んでいたのだが。」
「なんの為のブレイクだ。紅白に出る為か。」今度はソニンが嘲笑した。「EE JUMPを解散に追いやって、何が紅白だ。」
「だまれ、カレーライスの女。」ユウキは、さっと顔を挙げて報いた。「宣伝文句では、どんな大袈裟な事でも言える。俺には、結局売れないことが見え透いてならぬ。おまえだって、いまに、ソロデビューの曲が、発売中止になっても知らんぞ。」
「ああ、ユウキは利口だ。自惚れているがよい。私は、ちゃんと首になる覚悟で居るのに。拾い食いなど決してしない。ただ、――」と言いかけて、ソニンは足下に視線を落し瞬時ためらい、靴下の穴を見つめると、「ただ、私に情をかけたいつもりならソロデビューの曲を発売中止にして、首にするまでに、しばらく時間を与えて下さい。たった一つのレギュラー番組のオレ土に、出演したいのです。オレ土に出演してみんなに別れを告げてから韓国へ向かいます。祖父の故郷です。560kmあります。しかし必ず走ります。」
「ばかな。」と暴君は、しわがれた声で低く笑った。「とんでもない嘘を言うわい。560kmも走るというのか。海のところはどうする。」
「船です。海のところは船で渡ります。しかしそれ以外は全部走るのです。」ソニンは必死で言い張った。「私は約束は守ります。私を、数週間許してください。平畠が、私の出演を待っているのだ。そんなに私を信じられないならば、よろしい、上戸彩というアイドルがいます。私の無二の友人だ。彼女も私と同時期にソロデビューを果たす予定だが、あれを、人質としてここに置いて行こう。私が諦めてしまって、7月6日の日暮れまで、韓国にたどり着かなかったら、あの友人を、代わりに干して下さい。」
 それを聞いてユウキは、残虐な気持ちで、そっとほくそえんだ。生意気なことを言うな。どうせたどり着かないにきまっている。この嘘つきに騙された振りをして、放してやるのも面白い。そうして身代わりの女を、この業界から干してやるのも気味がいい。人は、これだから信じられぬと、俺は悲しい顔して、その身代わりの女のソロデビュー曲を発売中止にして、女優の仕事も、減らしてやるのだ。そのまま引退に追い込んで、世の中の上戸彩好きとかいう奴らどもに、ギャフンと言わしてやりたいものさ。
「願いを、聞いた。俺は韓国で待っている。その身代わりを、呼ぶがよい。そして7月6日の日暮れまでに走って来い。おくれたら、その身代わりを、きっと干すぞ。ちょっとおくれて来るがいい。おまえのソロデビュー曲だけは、ゆるしてやろうぞ。」
「なに、何をおっしゃる。」
「はは。歌手生命が大事だったら、おくれて来い。おまえの心は、わかっているぞ。」
 ソニンは口惜しく、地団駄踏んだ。ものも言いたくなくなった。
 竹馬の友、上戸彩は、深夜、ユウキ邸に召された。暴君ユウキの面前で、よき友とよき友は、久しぶりで相逢うた。ソニンは、友に一切の事情を語った。上戸彩は無言でうなずき、ソニンをひしと抱きしめた。友と友の間は、それでよかった。上戸彩は縄打たれた。ソニンはすぐに出発した。初夏、満天の星である。
 ソニンはその夜、一睡もせずに急ぎに急いでスタジオへ向かった。ソニンがスタジオへついたのは、放送が始まる直前だった。生放送である。Don Doko Donの平畠や山口、加藤明日美など、ほかの共演者はみんな席についていた。ソニンと微妙な関係の加藤明日美も、ソニンがよろめきながら歩いて来る疲労困憊の姿を見つけて驚いた。そうして、うるさくソニンに質問を浴びせた。
「なんでもない。」ソニンは無理に笑おうと努めた。「野暮用ができた。韓国に行かねばならぬ。あす、出発する。お土産も、買ってこよう。」
 明日美はお土産という言葉だけに反応した。
「今日はみなさんに私から言わなければならないことがあります。」
 放送が始まるとソニンは、明朗だが丁寧に、口火を切った。明日、韓国へ向けて出発すること、しばらく帰れないこと、別れを告げて自分のコーナーが終わると、眠ったようにしてあまり口を開かなかった。自分がユウキに干されてしまうことも、言えなかった。
 気がついたときは、ドンドコ班とよゐこ班が入れ替わるつなぎのコーナーだった。ドンドコの平畠とソニンだけが残って、ぐっさんやあすみんは退出していく。代わりによゐこの二人が入ってくる。ソニンは二人にも今度の旅のことを告げた。ソニンを笑わせたら勝ちという、ソニンとミルクのコーナーも通常通り行われた。平畠はまたソニンを笑わすことができなかった。つなぎのコーナーだけが唯一平畠の輝ける場所だというのに。放送が終わって僅かなCMの間、よゐこの二人はむんむん蒸し暑いのもこらえ、陽気に励ましてくれた。ソニンは一生ここにいたい、と思った。この良い人たちとこれからもずっと仕事がしたいと願ったが、いまは、自分のからだで、自分のものでは無い。ままならぬ事である。ソニンは我が身に鞭打ち、ついに出発を決意した。約束の日までには、まだ十分の時がある。ちょっと一眠りしてそれからすぐに出発しよう、とソニンは考えた。少しでも長く愚図愚図と日本にとどまっていたかったからだ。ソニンほどの女にも、やはり未練の情というものはある。放送直後、なぜかぐったりとしている平畠に近寄り、
「おつかれさま。明日出発ですから今日はすぐ家に帰ってゆっくりと休みます。目が覚めたら、すぐに高知へ出かける。そこからマラソンをスタートします。私がいなくても、平畠さんにはよゐこのお二人がいます。だから寂しがらないで下さい。私のいち番嫌いなものは、人を疑う事と、それから、嘘をつく事。平畠さんも、それは、知っていますね。私がいなくなっても、ぐっさんやあすみんとうまくやっていってください。私が話を振らなくても平畠さんならきっとやれます。誇りを持って、続けてください。」
 平畠はだるそうにうなずいた。ソニンは、わらってスタッフたちにも会釈して、スタジオから立ち去り、うちに帰ってベッドにもぐり込み、死んだように深く眠った。
 目が覚めたとき、ソニンは急いで跳ね起きた。南無三、寝過ごしたか、いや、まだ大丈夫、ソニンはすぐに家をでて、高知へと向かった。高知に着くと、走るための身支度をして、決意を新たに意志を強めた。是非とも、あのユウキに、人の信実の存するところを見せてやろう。そうして笑って、芸能界から干されてやろう。ソニンは、悠々と身支度を終え、走り始めた。
 私は、つけば、干される。干されるために走るのだ。身代わりの友を救うために走るのだ。ユウキの奸佞邪知を打ち破るために走るのだ。走らなければならぬ。そうして、私は干される。若いときから名誉を守れ。さらば、日本。若いソニンは、つらかった。えい、えいと大声を挙げて連日にわたって走り続けた。高知市を出て、高知県宿毛を横切り、大分県佐伯くぐり抜け、福岡市博多に着いた頃には、芸能界への未練も消え失せていた。オレ土メンバーもきっと仲良くやっていくだろう。私には、いま、何の気がかりも無いはずだ。まっすぐにゴールに行き着けば、それでよいのだ。そんなに急ぐ必要もない。ゆっくり歩こう。と持ち前ののん気さを取り返し、自分の歌をいい声で歌いだした。『愛はもっとそうじゃなくて』だ。ぶらぶら歩いて数キロ、そろそろ港にたどり着いたかという頃、降って湧いた災難、船が出ないというのだ。ソニンは呆然と立ちすくんだ。今すぐにでも韓国へ向かわないと間に合わない。高波がやむまでなんて待っていられない。ソニンは海岸にうずくまり、女泣きに泣きながらゼウスに手を挙げて哀願した。「ああ、しずめたまえ、荒れ狂う波を! 時は刻々に過ぎて行きます。あと5日ほどです。5日後の日没までにゴールまで行き着くことが出来なかったら、あの良い友達が、私のために干されるのです。」
 高波は、ソニンの叫びをせせら笑う如く、ますます激しく荒れ狂う。波は波を呑み、うねり、煽り立て、そうして時は、刻一刻と消えて行く。今はソニンも覚悟した。泳ぎ切るより他に無い。ああ、神々も照覧あれ! 津波にも負けぬ誠の偉大な力を、いまこそ発揮してみせる。ソニンは、ざぶんと海に飛び込み、百匹の大蛇のようにのた打ち荒れ狂う波を相手に、必死の闘争を開始した。満身の力を腕にこめて、押し寄せ渦巻き襲いかかる波を、なんのこれしきと掻きわけ掻きわけ、目くらめっぽう獅子奮迅の人のこの姿には、神も哀れと思ったか、ついに憐憫を垂れてくれた。波は治まり、幾分泳ぎやすくもなった。必死の祈りが天にも届き、見事、韓国まで、泳ぎ着くことが出来たのである。ありがたい。ソニンは馬のように大きな胴震いを一つして、すぐにまた先を急いだ。一刻といえども、むだには出来ない。数日間、走り続けた。ぜいぜい荒い呼吸をしながら峠をのぼり、のぼり切って、ほっとした時、突然、目の前に一隊の山賊が躍り出た。よく見るとメロン記念日だ。
「待て。」
「何をするのだ。私は明日の日の入りまでに祖父の生まれ故郷まで行かねばならぬ。放せ。」
「どっこい放さぬ。持ちものを全部置いて行け。」
「私にはこのソロデビュー曲のCDの他には何も無い。その、ただ一度のデビュー曲も、これからユウキに破棄されるのだ。」
「そのデビュー曲が欲しいのだ。」
「さては、つんく♂に見限られたな。私を差し置いてオーディションに受かったくせに。」
 メロン記念日は、ものも言わず一斉に棍棒を振り挙げてソニンに襲いかかった。ソニンはひょいと、からだを折り曲げ、飛鳥の如くセクシー担当の斉藤瞳に襲いかかり、その棍棒を奪い取って、
「気の毒だが正義のためだ!」と猛然一撃、たちまち、村田、大谷、柴田の他の三人も殴り倒し、ひるんだ隙に、さっさと走って峠を下った。一気に峠を駆け下りたがさすがに疲労し、ふらふらと足がもたついた。翌朝、ソニンは幾度ものめまいに危機を感じ、それでも、これではならぬ、と気を取り直しては、よろよろと走った。午後からは灼熱の太陽がまともに、かっと照りつけ、余力の無くなったソニンは、ついに、がくりと膝を折った。立ち上がる事が出来ぬのだ。天を仰いで、くやし泣きに泣き出した。ああ、あ、荒海を泳ぎ切り、メロン記念日を四人とも打ち倒し韋駄天、ここまで突破してきたソニンよ。真の勇者、ソニンよ。今、ここで、疲れ切って動けなくなるとは情けない。愛する友は、おまえを信じたばっかりに、やがて干されねばならぬ。ソロデビュー曲も、発売中止にされる。おまえは、希代の不信の人間、まさしくユウキの思う壺だぞ、と自分を叱ってみるのだが、全身萎えて、もはや芋虫ほどにも前進かなわぬ。路傍の草原にごろりと寝ころがった。身体疲労すれば、精神もともにやられる。もう、どうでもいいという、勇者に不似合いなふて腐れた根性が、心の隅に巣食った。私は、これほど努力したのだ。約束を破る心は、みじんも無かった。神も照覧、私は精一杯に努めて来たのだ。苦しさのあまり、走っている車に身を投げようと思ったことがあった。なにがなんだか判らなくなって、叫びながらも走ったこともあった。それでも、ここまで来たのだ。動けなくなるまで走って来たのだ。私は不信の徒では無い。ああ、出来る事なら私の胸を裁ち割って、真紅の心臓をお目に掛けたい。愛と信実の血液だけで動いているこの心臓を見せてやりたい。けれども私は、この大事な時に、精も根も尽きたのだ。私は、よくよく不幸な女だ。紅白も駄目だった。ファーストアルバムも駄目になった。レギュラー番組も、終了した。そのうえ、たった一つ守り抜いてきた友との信実までがいま、その証明を困難とされている。私は、きっと笑われる。私の一家も笑われる。私は友を欺いた。中途で倒れるのは、はじめから何もしないのと同じ事だ。ああ、もう、どうでもいい。これが、私の定まった運命なのかも知れない。彩よ、ゆるしてくれ。君は、いつでも私を信じた。私も君を、欺かなかった。私たちは本当に良い友と友であったのだ。いちどだって、暗い疑惑の雲を、お互いの胸に宿したことは無かった。いまだって、君は私を無心に待っているだろう。ああ、待っているだろう。ありがとう。彩。よくも私を信じてくれた。それを思えば、たまらない。友と友の間の信実は、この世で一ばん誇るべき宝なのだからな。彩、私は走ったのだ。君を欺くつもりは、みじんも無かった。信じてくれ! 私は急ぎに急いでここまで来たのだ。荒海を突破した。メロン記念日の囲みからも、するりと抜けて一気に峠を駆け下りて来たのだ。私だから、出来たのだよ。ああ、この上、私に望み拾うな。放って置いてくれ。どうでも、いいのだ。私は負けたのだ。だらしが無い。笑ってくれ。ユウキは私に、ちょっとおくれて来い、と耳打ちした。おくれたら、身代わりを干して私を助けてくれると約束した。私はユウキの卑劣を憎んだ。けれども、今になってみると、私はユウキの言うままになっている。私は、おくれて行くだろう。ユウキは、ひとり合点して私を笑い、そうしてこともなく私を放免するだろう。そうなったら、私は、死ぬよりつらい。私は、永遠に裏切り者だ。地上で最も不名誉の人種だ。彩よ、私も引退するぞ。君と一緒に引退させてくれ。君だけは私を信じてくれるにちがい無い。いや、それも私の、ひとりよがりか? ああ、もういっそ悪徳者としてこの芸能界で生きのびてやろうか。土曜日にはラジオの番組がある。平畠も居る。ぐっさんやあすみんは、まさか私を番組から追い出すような事はしないだろう。正義だの、信実だの、愛だの、考えてみれば、くだらない。人を踏みつけて自分が生きのびる。それが芸能界の定法ではなかったか。ああ、何もかも、ばかばかしい。私は、醜い裏切り者だ。どうとも、かってにするがよい。やんぬるかな。――四岐を投げ出して、うとうと、まどろんでしまった。
 ふと耳に、せんせん、水の流れる音が聞こえた。そっと頭をもたげ、息を呑んで、耳をすました。すぐ足もとで、水が流れているらしい。よろよろ起き上がって、見ると、岩の裂け目からこんこんと、何か小さく囁きながら、清水が湧き出ているのである。その泉に吸い込まれるようにソニンは身をかがめた。水を両手ですくって、一くち飲んだ。ほうと長い溜息がでて、夢から覚めたような気がした。歩ける。行こう。肉体の疲労回復と共に、わずかながら希望が生まれた。義務遂行の希望である。わが身を犠牲にして、名誉を守る希望である。斜陽は赤い光を、樹々の葉に投じ、葉も枝も燃えるばかりに輝いている。日没までには、まだ間がある。今日が最後、私を待っている人があるのだ。少しも疑わず、静かに期待してくれている人があるのだ。私は、信じられている。私の歌手生命などは、問題ではない。引退してお詫び、などと気のいい事は言って居られぬ。私は、信頼に報いなければならぬ。いまはただその一事だ。走れ! ソニン。

           /ノノノノ人ヽ
           从0‘ A‘;0从っ
           (つ    /
           |   (⌒)
           .し⌒^
           ,,,,,

 私は信頼されている。私は信頼されている。先刻の、あの悪魔の囁きは、あれは夢だ。悪い夢だ。忘れてしまえ。五臓が疲れているときは、ふいとあんな悪い夢を見るものだ。ソニン、おまえの恥ではない。やはり、おまえは真の勇者だ。再び立って走れるようになったではないか。ありがたい! 私は、正義の士として、胸を張って引退することが出来るぞ。ああ、陽が沈む。ずんずん沈む。待ってくれ、ゼウスよ。私はデビューしてから今日まで、いや、この世に生を与えられたときから正直な女であった。正直な女のままに引退させてください。
 路行く人を押しのけ、跳ねとばし、ソニンは黒い風のように走った。通りかかったファミレスの、そのテーブルのまっただ中を駆け抜け、客席の人たちを仰天させ、ウェイトレスにぶち当たり、厨房を飛び越え、少しずつ沈んでいく太陽の、十倍も速く走った。一団の旅人とすれちがった瞬間、不吉な会話を小耳にはさんだ。「いまごろは、あの女のデビュー曲も、プレス機にセットされているよ」ああ、その女、その女のために私は、いまこんなに走っているのだ。その女を芸能界から消えさせてはならない。急げ、ソニン。おくれてはならぬ。愛と誠の力を、いまこそ知らせてやるがよい。風態なんかはどうでもいい。ソニンは、いまは、ほとんど全裸体であった。というより、裸エプロンであった。ファミレスをくぐり抜けたときに違いない。ついでに一くち食べさせてもらったカレーが辛すぎて、二度、三度、口から火が吹き出た。遠くゴールの方に目をやると、見える。はるか向こうに小さく、塔楼が見える。そこがゴールだ。塔楼は夕陽を受けてきらきら光っている。
「ああ、ソニン様。」うめくような声が、風と共に聞こえた。
「誰だ。」ソニンは走りながら尋ねた。
「川瀬でございます。貴女のお友達の上戸彩様のマネージャーでございます。」マネージャーと名乗るその男も、ソニンの後について走りながら叫んだ。「もう、駄目でどざいます。むだでございます。走るのは、やめて下さい。もう、あの方をお助けになることは出来ません。」
「いや、まだ陽は沈まぬ。」
「ちょうど今、あの方のCDがプレス機で破壊されるところです。ああ、あなたは遅かった。おうらみ申します。ほんの少し、もうちょっとでも、早かったなら!」
「いや、まだ陽は沈まぬ。」ソニンは胸の張り裂ける思いで、赤く大きい夕陽ばかり見つめていた。走るより他は無い。
「やめて下さい。走るのは、やめて下さい。今は自分のソロデビューが大事です。あの方は、あなたを信じて居りました。刑場に引き出されても、平気でいました。ユウキ様が、さんざんあの方をからかっても、ソニンは来ます、とだけ答え、強い信念を持ちつづけている様子でございました。」
「それだから、走るのだ。信じられているからこそ走るのだ。間に合う、間に合わぬは問題ではないのだ。ソロデビューも芸能生活も問題ではないのだ。私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいものの為に走っているのだ。ついて来い! 川瀬。」
「ああ、あなたは気が狂ったか。それでは、うんと走るがいい。ひょっとしたら間に合わぬでもない。走るがいい。」
 言うにや及ぶ。まだ陽は沈まぬ。最後の死力を尽くして、ソニンは走った。陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、ソニンは疾風の如く会場に突入した。間に合った。
「待て、そのCDを壊してはならぬ。ソニンがたどり着いた。約束通り、いま、たどり着いた。」と大声で会場の群衆にむかって叫んだつもりであったが、喉がつぶれてしわがれた声がかすかに出たばかり、群衆はひとりとして彼女の到着に気がつかない。ウリナリかなんかでポケットビスケッツの企画でお馴染みの、プレス機にセットされたCDが、鈍くひかり、上戸彩も、いすに座って縛られている。ソニンはそれを目撃して最後の勇、何日か前、荒海を泳いだように群衆を掻きわけ、掻きわけ、
「私だ、刑吏! 干されるのは、私だ。ソニンだ。彼女を人質にした私は、ここにいる!」と、かすれた声で精一杯に叫びながら、ついにはゴールのテープを切り、縛られて捕らえられた友の足もとに、どっと倒れこんだ。群衆は、どよめいた。あっぱれ。ゆるせ、と口々にわめいた。上戸彩の縄は、ほどかれたのである。
「彩。」ソニンは眼に涙を浮かべて言った。「私を殴れ。ちから一ぱいに頬を殴れ。私は、途中で一度、悪い夢を見た。君がもし私を殴ってくれなかったら、私は君と抱擁する資格さえ無いのだ。殴れ。」
 彩は、すべてを察した様子でうなずき、会場一ぱいに鳴り響くほど音高くソニンの右頬を殴った。殴ってから優しく微笑み、
「ソニン、私を殴れ。同じくらい音高く私の頬を殴れ。私はこの数週間、たった一度だけ、ちらと君を疑った。君が私を殴ってくれなければ、私は君と抱擁できない。」
 ソニンは腕に唸りをつけて彩の頬を殴った。
「ありがとう、友よ。」二人同
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コメント一覧

1  名前::2009/09/01(火) 10:41:06  ID:Gp8w8Nvd 携帯からの投稿
長いよハゲ
33 イイ!コメント
2  名前::2009/09/01(火) 10:46:46  ID:1TU5Qpl0 携帯からの投稿
キムチで一体何するつもりだったのか
11 イイ!コメント
3  名前::2009/09/01(火) 10:53:35  ID:oWspKm9l 携帯からの投稿
6ページに省略されてるから
8行で説明してくれ
5 イイ!コメント
4  名前::2009/09/01(火) 11:48:33  ID:JwkG3ooo PCからの投稿
おまけにほぼ改行がないから、文字がビッシリ。
無駄に行間があいてるのも多い中、ビッシリってのもすごい。
2 イイ!コメント
5  名前::2009/09/01(火) 11:48:34  ID:eibDXSz7 PCからの投稿
読めない!
6 イイ!コメント
7  名前::2009/09/01(火) 12:08:56  ID:Lx00msfk 携帯からの投稿
タイトルはDr.ストレンジラブのパロディだな。
あと、※6、あんまふざけんなよチンカス野郎。
39 イイ!コメント
8  名前::2009/09/01(火) 15:06:56  ID:QL1M2LJN 携帯からの投稿
1 2 3 4 5 6
('A`)ウェー
↓コメントを見る
※6
('A`;)ェー
10 イイ!コメント
9  名前::2009/09/01(火) 17:00:13  ID:lbKhdQko PCからの投稿
開く前から「これ、やべぇ」と思いつつ開いてしまう右人差し指
そして開いてみて「ああ、やっぱりね」と何も読まずに※欄へ行ってみると
※6にまたイラついた人の数→
47 イイ!コメント
10  名前::2009/09/01(火) 17:57:42  ID:uiBT1MON 携帯からの投稿
コメント欄の文字数制限ほしいね。
だから管理人さん、おねがい!
黒のコスプレでもなんでもしますから!!
2 イイ!コメント
11  名前::2009/09/01(火) 19:18:11  ID:rqOmd/H3 PCからの投稿
ソニンは まで読んだ
0 イイ!コメント
12  名前::2009/09/01(火) 22:56:47  ID:H0SL9bku 携帯からの投稿
投稿者は顔を赤らめた
3 イイ!コメント
13  名前::2009/09/02(水) 08:38:29  ID:puJ/iBBS 携帯からの投稿
※13はすごくいいヤツそう。
0 イイ!コメント
14  名前::2009/09/02(水) 08:41:24  ID:puJ/iBBS 携帯からの投稿
ああ…※12だった…
いいヤツだな※12お前…
1 イイ!コメント
15  名前::2009/09/02(水) 12:04:18  ID:nM5Clax3 携帯からの投稿
※12 赤面したね
0 イイ!コメント
16  名前::2010/05/26(水) 18:25:22  ID:YnbfpQ5X PCからの投稿
Lots of specialists tell that <a href="http://lowest-rate-loans.com/topics/personal-loans">personal loans</a> help people to live their own way, just because they are able to feel free to buy necessary stuff. Furthermore, various banks give commercial loan for different persons. 
0 イイ!コメント
17  名前::2011/05/03(火) 18:22:49  ID:jrmCeqdZ PCからの投稿
It's very interesting to read this story.

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0 イイ!コメント
 

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