私がその事故のことを知ったのは、アビジャンを出てパリに着いた夜、休暇で日本に帰る途上だった。サッカーのワールドカップに、日本もコートジボワールも出場を果たした。そして、南アフリカでの本番を前に、日本とコートジボワールの両チームが、6月4日にスイスで練習試合を行った。両国がお互いに知り合う、たいへん素晴らしい親善の機会であった。ところが、その試合中に、日本の闘莉王選手が、コートジボワールのドログバ選手と接触し、ドログバ選手は転倒して、何と手の骨を折ってしまった。
ドログバ選手といえば、コートジボワールの英雄である。普段はイングランドのチェルシーで活躍し、欧州のプロ・リーグの試合では、得点王に輝いている。コートジボワールはただでさえ、サッカーに国をあげて熱狂する国民性にある。今回、ワールドカップへの出場権を得て、ナショナル・チームへの期待は大いに高まっていた。ところが、本番の試合を前にして、大黒柱のドログバ選手が故障してしまった。いよいよという時に、本戦への出場は難しくなる。コートジボワールの大多数の人たちが、天を仰いで悲鳴を上げたであろう。そして、その原因は日本にある。
事故のことを聞いて、私は咄嗟に、コートジボワール国内で、日本に対する怨嗟がまき起こるかもしれない、と恐れた。スポーツにはつきものの事故だといっても、心情からはとても受け入れられる説明ではないだろう。私の大使館は、私の留守にかかわらず、機転を利かせて、すぐに「たいへん残念なことになった、ドログバ選手の早期の回復を祈る」という声明を出していた。しかし、それで人々に納得してもらえるとは思えない。映像では、闘莉王選手の側から、かなり激しく衝突している。練習試合なのだから、そこまで真剣にやり合わなくてもよかったのに。この映像を見ると、ますますコートジボワールのサッカー・ファンたちの怒りが募るだろうと思った。
東京に着いてから、日本の報道を見たけれども、日本のチームが快進撃で、予選リーグを突破したことに熱狂する記事ばかりであった。ワールドカップが始まる前に、日本のチームがコートジボワールのチームに、決定的な手傷を負わせてしまったことは、日本ではとっくに忘れ去られているようであった。そして、日本は予選リーグを突破し、その一方で、コートジボワールは予選落ちしてしまった。もちろん、コートジボワールの同じ予選枠に、強豪のブラジルやポルトガルがいたという不運はあろう。しかし、ドログバ選手には最良な状態で存分に闘ってほしかった、とコートジボワールの人々はみな思ったはずだ。ドログバ選手の故障を抱えての敗退は、やはり国民感情として、割り切れないものがあったに違いない。
だから、東京に滞在している間に、在京コートジボワール大使のボア大使(女性)から、昼食に招待されたとき、私はまずこの件を取り上げた。コートジボワールの人々が、どんなに落胆したか思うに余りあります。スポーツに不可避な事故であったとはいえ、このことで、日本に対するコートジボワールの国民感情が害されることを、私は懸念します。
そうボア大使に申し上げた。そうしたら、ボア大使の返答である。
「そうね、とても残念な事故だったわ。でもね、私には、とても胸を打つことでもあったのですよ。」
胸を打ったとは、どういうことですか。
「あの事故以来、日本の全国から、在京のコートジボワール大使館に対して、ものすごい量の手紙やメールが来たのです。残念なことになった、申し訳ない、ドログバ選手の早い回復を祈る、コートジボワールの人々との親善が傷付くことのないように、と。」
そして、ボア大使は付け加えた。
「私たちは、日本の人々の心に大変感動しました。それで、決めたのです。届いた手紙やメールを、できるだけたくさん、日本語からフランス語に翻訳して、本国の大統領のもとに送りました。これだけの反響がある、だから、本国政府では決して日本のことを悪く言わないように、と。」
そうだったのか。私は報道だけを見て、日本の人々が、コートジボワールのことを軽く考えていると誤解していた。
「ちょうど、横浜で講演会があって、私がコートジボワール大使として出席したのです。そうしたら、講演会が終わってから、一人の老婦人が私のところにやってきて、私の手を取って、ただ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、と。」
ボア大使は、心なしか声を詰まらせていた。老婦人も、両国の友好を救ってくれた。それは、私など外交官には決してできないことであった。
ドログバ選手といえば、コートジボワールの英雄である。普段はイングランドのチェルシーで活躍し、欧州のプロ・リーグの試合では、得点王に輝いている。コートジボワールはただでさえ、サッカーに国をあげて熱狂する国民性にある。今回、ワールドカップへの出場権を得て、ナショナル・チームへの期待は大いに高まっていた。ところが、本番の試合を前にして、大黒柱のドログバ選手が故障してしまった。いよいよという時に、本戦への出場は難しくなる。コートジボワールの大多数の人たちが、天を仰いで悲鳴を上げたであろう。そして、その原因は日本にある。
事故のことを聞いて、私は咄嗟に、コートジボワール国内で、日本に対する怨嗟がまき起こるかもしれない、と恐れた。スポーツにはつきものの事故だといっても、心情からはとても受け入れられる説明ではないだろう。私の大使館は、私の留守にかかわらず、機転を利かせて、すぐに「たいへん残念なことになった、ドログバ選手の早期の回復を祈る」という声明を出していた。しかし、それで人々に納得してもらえるとは思えない。映像では、闘莉王選手の側から、かなり激しく衝突している。練習試合なのだから、そこまで真剣にやり合わなくてもよかったのに。この映像を見ると、ますますコートジボワールのサッカー・ファンたちの怒りが募るだろうと思った。
東京に着いてから、日本の報道を見たけれども、日本のチームが快進撃で、予選リーグを突破したことに熱狂する記事ばかりであった。ワールドカップが始まる前に、日本のチームがコートジボワールのチームに、決定的な手傷を負わせてしまったことは、日本ではとっくに忘れ去られているようであった。そして、日本は予選リーグを突破し、その一方で、コートジボワールは予選落ちしてしまった。もちろん、コートジボワールの同じ予選枠に、強豪のブラジルやポルトガルがいたという不運はあろう。しかし、ドログバ選手には最良な状態で存分に闘ってほしかった、とコートジボワールの人々はみな思ったはずだ。ドログバ選手の故障を抱えての敗退は、やはり国民感情として、割り切れないものがあったに違いない。
だから、東京に滞在している間に、在京コートジボワール大使のボア大使(女性)から、昼食に招待されたとき、私はまずこの件を取り上げた。コートジボワールの人々が、どんなに落胆したか思うに余りあります。スポーツに不可避な事故であったとはいえ、このことで、日本に対するコートジボワールの国民感情が害されることを、私は懸念します。
そうボア大使に申し上げた。そうしたら、ボア大使の返答である。
「そうね、とても残念な事故だったわ。でもね、私には、とても胸を打つことでもあったのですよ。」
胸を打ったとは、どういうことですか。
「あの事故以来、日本の全国から、在京のコートジボワール大使館に対して、ものすごい量の手紙やメールが来たのです。残念なことになった、申し訳ない、ドログバ選手の早い回復を祈る、コートジボワールの人々との親善が傷付くことのないように、と。」
そして、ボア大使は付け加えた。
「私たちは、日本の人々の心に大変感動しました。それで、決めたのです。届いた手紙やメールを、できるだけたくさん、日本語からフランス語に翻訳して、本国の大統領のもとに送りました。これだけの反響がある、だから、本国政府では決して日本のことを悪く言わないように、と。」
そうだったのか。私は報道だけを見て、日本の人々が、コートジボワールのことを軽く考えていると誤解していた。
「ちょうど、横浜で講演会があって、私がコートジボワール大使として出席したのです。そうしたら、講演会が終わってから、一人の老婦人が私のところにやってきて、私の手を取って、ただ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、と。」
ボア大使は、心なしか声を詰まらせていた。老婦人も、両国の友好を救ってくれた。それは、私など外交官には決してできないことであった。
コメント一覧
っていうかコートジボワールなんかどうでもええがな
良い話だった
それでいいじゃないか
相手が取り上げるならまだしも、日本人が取り上げてどうするよ
いい話ではあるけど
まで読んだ
他の国の人がみたら「なんだこのナルシスト人種は…」って思うだろう。
ってか、こんなことしてもコートジボワールの人はこの件で日本人を恨み続けると思うけどな
____
/ / 丶
L‖____|
|| /‾‾丶|
|||(゚Д゚)|
|(ノ 中 濃||)
|||ソース||
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\_二二二ノ
∪ ∪
フヒヒwwサーセンwww
でいいじゃん。
だからチャンとチョンが調子に乗るんだろ?
第二次大戦前のチョンなんて日本人にビビり散らかしてたじゃねーか。
在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。
投稿者の名前を見た。
台無しだった。
コートジボワールの人たちの反応はどうだったわけ?
いちいち人の※にいちゃもんつけて楽しいか?
感じ方なんて人それぞれだろうが偽善者
死ね能無し
お前の言い草はいちゃもんじゃないってか?
頭悪ぅwwww
とるか推定するといかに日本がすばらしい国で
あるかよくわかる。