847 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/23(土) 17:11:28.33 ID:DsufeG6B
吉野の花見文禄3年(1594年)、秀吉は関白秀次、徳川家康、宇喜多秀家、前田利家、伊達政宗ら武将たち、公家、
茶人、連歌師、総勢5千人の供ぞろえで吉野山を訪れた。しかし、運悪く秀吉が吉野山に入ってから
3日間ずっと雨が降り続く。
これに腹を立てた秀吉は、同行していた聖護院の僧道澄に「雨が止まなければ吉野山に火をかけて
即刻下山する」と言い出したので、道澄があわてて吉野全山の僧たちに晴天祈願を命じたところ、次の日は快晴となり、
盛大な花見が行われた。
ついでに吉野の花見で詠んだ歌
豊臣秀吉 年月を 心にかけし 吉野山 花の盛りを今日見つるかな
秀次 いつかはと 思ひ入りにし み吉野の 吉野の花を今日こそは見れ
徳川家康 君が代は 千年の春も 吉野山 花にちぎりの限りあらじな
前田利家 千早振る 神の恵みに かなひてぞ 今日み吉野の花を見るかな
伊達政宗 君がため 吉野の山の まきの葉の 常磐に花も色やそはまし
宇喜多秀家も歌を作ったらしいけど見つからなかった
コメント一覧
宇喜多なら俺の隣で泳いでるよ
泳いで参るな