やい、とかげ 舟崎靖子
ぼくは自転車をなくした。だれのせいでもない。ぼくが
悪い。
自転車のかぎをかけないで、文ぼう具屋の前に止めてお
いた。
ろうせきを買って店から出てきたら、自転車はどこにも
ない。手品みたいに真昼の道路から消えてしまった。
「だらしがないったらありゃしない。」
家に帰って母さんに話したら、母さんはかんかんになっ
ておこった。
「物をなくしたからって、すぐ新しい物を買ってもらえる
と思ったら、大まちがいよ。」
母さんは、それきり、自転車の話はしなくなった。
次の日、学校から帰ると、いつものようにのぶちゃんが
遊びに来た。
いつものように自転車に乗ってきた。
いつものように自転車に乗ったまま、ベルを鳴らしてぼ
くをよんだ。
ぼくは、いつものようにげんかんの戸を開けて出ていっ
た。
「東町公園へ野球に行くよ。早く、早く!」
けれど、ぼくは、のぶちゃんといっしょに行かなかった。
行かなかったのではなくて、行けなかった。
自転車の二人乗りは学校で禁止されていたし、東町公園
まで歩いていくには一時間かかった。
「じゃあな。」
のぶちゃんは、行ってしまった。
ぼくは、自転車のベルを鳴らして角を曲がるのぶちゃん
を、見送った。
お日様は、ぼくの頭の真上にある。一日は、やっと半分
終わったところだ。自転車なしで、あとの半分をどうしよう。
ぼくの家のとなりの原っぱを、お日様が明るく照らして
いる。日かげに立っているぼくにはまぶしく見える。
まるで、照明に照らし出された学校のホールのぶたいだ。
これから学芸会が始まるみたいだし、もう終わってしまっ
たみたいでもある。
ぼくは、原っぱへ入っていった。
ポケットに手を入れると、ろうせきが出てきた。
ちぇっ、ろうせきなんか買いに行かなければ、ぼくは今
ごろ東町公園で野球をしていただろうな。ぼくがいなくて、
だれがピッチャーをやっているんだろう。こんなろうせき、
すててしまえ。
ぼくは、ろうせきを原っぱのすみに投げてしまおうと、
ピッチャーのポーズをとった。
すると、ぼくはだれかの横目を感じた。
ぼくを見ていたのは、石の上の一ぴきのとかげだった。
「やい、自転車をなくしていい気味だぞ。」
とかげの横目はそう言っていた。
生意気なとかげをおどろかせてやろうと、ぼくはとかげ
のいる石にろうせきを投げた。
ナイスピッチングだ。ろうせきは石に当たった。
けれど、それだけではなかった。石に当たったろうせき
はバウンドして、とかげに当たった。
ぼくは息をのんだ。
石の上に、とかげのしっぽだけがのこった。のこったし
っぽはしばらく動いていたけれど、やがて動かなくなった。
ぼくはしっぽをぶら下げた。
なんて原っぱは静かなんだろう。世界じゅうの人たちは、
みんな自分の自転車に乗って、どこかへ遊びに行ってし
まったんだ。世界じゅうは空っぽ。ぼくは空っぽな世界の
まん中に、ひとりぼっちで立っている。
さくらの花がいちばんきれいにさいた日、明るい花の下
で、ぼくはのぶちゃんと友だちになった。
あの日も、ぼくは自転車に乗っていた。
ざりがにをつりに行った日、どろやなぎの葉が風に光る
川原で、ぼくはのぶちゃんと待ち合わせをした。
あの日も、ぼくは自転車に乗っていた。
まつの実、しいの実、どんぐりの実、いろんな実のふる
音の中を、ぼくはのぶちゃんとどこかへ急いでいた。
あの日も、ぼくは自転車に乗っていた。
冬休みに入ったさいしょの日、ぼくはのぶちゃんと学校
へ遊びに行った。
ふながねむる、こいがねむる、たにしがねむる池を、ぼ
くとのぶちゃんはいつまでものぞきこんでいた。
あの日も、ぼくは自転車に乗っていた。
一か月たってから、ぼくの自転車が出てきた。どろまみ
れになって、町のはずれの公園に乗りすててあった。
その日から、ぼくは学校から帰ってくると、すぐに自転
車に乗って野球をしに行くぼくになった。一度遊びに行っ
たら夕方まで帰らない、自転車をなくす前のぼくになった。
一か月も二か月も、あっというまにすぎた。
その日は、のぶちゃんがなかなかよびに来なかった。
ぼくは待ちきれなくて、自転車に乗ってとなりの原っぱ
でのぶちゃんを待った。
すると、ぼくは、だれかの横目を感じた。それは、石の
上の一ぴきのとかげだった。
ぼくは自転車をとめた。
とかげは、ぼくの方に生えたてのしっぽを投げ出して、
「見ろよ!」というように、横目でぼくを見ている。
「見ろよ!」
ぼくも自転車のベルを鳴らした。
「おうい。」
のぶちゃんが、自転車に乗ってやってくるのが見えた。
「おうい、ここだよ。」
ぼくは、自転車をこいで原っぱを出た。
ふり返ると、石の上に、とかげはもういなかった。とか
げのいない石がまぶしかった。
やい、とかげ、せっかく生えたしっぽ、なくすなよ。
ぼくは自転車をなくした。だれのせいでもない。ぼくが
悪い。
自転車のかぎをかけないで、文ぼう具屋の前に止めてお
いた。
ろうせきを買って店から出てきたら、自転車はどこにも
ない。手品みたいに真昼の道路から消えてしまった。
「だらしがないったらありゃしない。」
家に帰って母さんに話したら、母さんはかんかんになっ
ておこった。
「物をなくしたからって、すぐ新しい物を買ってもらえる
と思ったら、大まちがいよ。」
母さんは、それきり、自転車の話はしなくなった。
次の日、学校から帰ると、いつものようにのぶちゃんが
遊びに来た。
いつものように自転車に乗ってきた。
いつものように自転車に乗ったまま、ベルを鳴らしてぼ
くをよんだ。
ぼくは、いつものようにげんかんの戸を開けて出ていっ
た。
「東町公園へ野球に行くよ。早く、早く!」
けれど、ぼくは、のぶちゃんといっしょに行かなかった。
行かなかったのではなくて、行けなかった。
自転車の二人乗りは学校で禁止されていたし、東町公園
まで歩いていくには一時間かかった。
「じゃあな。」
のぶちゃんは、行ってしまった。
ぼくは、自転車のベルを鳴らして角を曲がるのぶちゃん
を、見送った。
お日様は、ぼくの頭の真上にある。一日は、やっと半分
終わったところだ。自転車なしで、あとの半分をどうしよう。
ぼくの家のとなりの原っぱを、お日様が明るく照らして
いる。日かげに立っているぼくにはまぶしく見える。
まるで、照明に照らし出された学校のホールのぶたいだ。
これから学芸会が始まるみたいだし、もう終わってしまっ
たみたいでもある。
ぼくは、原っぱへ入っていった。
ポケットに手を入れると、ろうせきが出てきた。
ちぇっ、ろうせきなんか買いに行かなければ、ぼくは今
ごろ東町公園で野球をしていただろうな。ぼくがいなくて、
だれがピッチャーをやっているんだろう。こんなろうせき、
すててしまえ。
ぼくは、ろうせきを原っぱのすみに投げてしまおうと、
ピッチャーのポーズをとった。
すると、ぼくはだれかの横目を感じた。
ぼくを見ていたのは、石の上の一ぴきのとかげだった。
「やい、自転車をなくしていい気味だぞ。」
とかげの横目はそう言っていた。
生意気なとかげをおどろかせてやろうと、ぼくはとかげ
のいる石にろうせきを投げた。
ナイスピッチングだ。ろうせきは石に当たった。
けれど、それだけではなかった。石に当たったろうせき
はバウンドして、とかげに当たった。
ぼくは息をのんだ。
石の上に、とかげのしっぽだけがのこった。のこったし
っぽはしばらく動いていたけれど、やがて動かなくなった。
ぼくはしっぽをぶら下げた。
なんて原っぱは静かなんだろう。世界じゅうの人たちは、
みんな自分の自転車に乗って、どこかへ遊びに行ってし
まったんだ。世界じゅうは空っぽ。ぼくは空っぽな世界の
まん中に、ひとりぼっちで立っている。
さくらの花がいちばんきれいにさいた日、明るい花の下
で、ぼくはのぶちゃんと友だちになった。
あの日も、ぼくは自転車に乗っていた。
ざりがにをつりに行った日、どろやなぎの葉が風に光る
川原で、ぼくはのぶちゃんと待ち合わせをした。
あの日も、ぼくは自転車に乗っていた。
まつの実、しいの実、どんぐりの実、いろんな実のふる
音の中を、ぼくはのぶちゃんとどこかへ急いでいた。
あの日も、ぼくは自転車に乗っていた。
冬休みに入ったさいしょの日、ぼくはのぶちゃんと学校
へ遊びに行った。
ふながねむる、こいがねむる、たにしがねむる池を、ぼ
くとのぶちゃんはいつまでものぞきこんでいた。
あの日も、ぼくは自転車に乗っていた。
一か月たってから、ぼくの自転車が出てきた。どろまみ
れになって、町のはずれの公園に乗りすててあった。
その日から、ぼくは学校から帰ってくると、すぐに自転
車に乗って野球をしに行くぼくになった。一度遊びに行っ
たら夕方まで帰らない、自転車をなくす前のぼくになった。
一か月も二か月も、あっというまにすぎた。
その日は、のぶちゃんがなかなかよびに来なかった。
ぼくは待ちきれなくて、自転車に乗ってとなりの原っぱ
でのぶちゃんを待った。
すると、ぼくは、だれかの横目を感じた。それは、石の
上の一ぴきのとかげだった。
ぼくは自転車をとめた。
とかげは、ぼくの方に生えたてのしっぽを投げ出して、
「見ろよ!」というように、横目でぼくを見ている。
「見ろよ!」
ぼくも自転車のベルを鳴らした。
「おうい。」
のぶちゃんが、自転車に乗ってやってくるのが見えた。
「おうい、ここだよ。」
ぼくは、自転車をこいで原っぱを出た。
ふり返ると、石の上に、とかげはもういなかった。とか
げのいない石がまぶしかった。
やい、とかげ、せっかく生えたしっぽ、なくすなよ。
コメント一覧
素晴らしいと思いました。これ単体の投稿なので、つまらなくてもどうか許してください。
やい、
素敵だから万引きしましたって言ってるようなもんだろ。
で?なんなのお前
※10→電話
集団で誰かを叩くのやめようよ。
こんな荒れたコメント欄なんて見ても楽しくないよ。
結論→文章に罪は無し。素晴らしい。
だが※1、おめーはダメだ。
「集団で誰かを叩いてる」って取るおまえらの方がどうかと思う。
そんなひねくれた物の考え方して人生楽しいか?
面白いものを面白い、つまらないものをつまらないと素直な感想を言って、ひいては良いコピペばかりになればいいじゃない。
他人の感想なんて聞きたくない、自分の好きなだけ好きなコピペを見せびらかしたい、と言うなら、自分のブログなりサイトなりでオナニーしてればいいわけで。
次は無いと心得よ
コピペじゃないよな…
コピペじゃないってどういう意味だ?
これは「野口芳宏退官記念講演」というDVDの1教材として公開されている文章であり、
他のコピペと一緒で、"引用"だと思った。
まずいと思うなら、それはコメントとして書くのではなく
まずいと思う理由とともに管理者にメールすべきじゃないの?
本文は普通にいいし
問題なのは※1で保険かけて媚びてるトコロだボケ
昔は売ってたらしいけど詳しくは知らね
しかしこの文章懐かしいな、小学校で習ったわ
だって教科書に載ってるもの
成人してから読むとまた違った見方が出来て面白いな。物語を丸ごとここに掲載するのはどうかと思うが、今日これを読めて良かった。
って人は俺が日銀の短観をコピーペーストで貼っても納得してくれそうだな