719 名前:世界@名無史さん[] 投稿日:2006/08/19(土) 12:40:05 0
八木秀次
1925年、八木秀次によって世界初の指向性アンテナの原理が発見され、八木アンテナが
発明されました。
いまでは、どの家にもあるテレビアンテナになっています。
3本の素子を基本にして平行に並べ電波を効率良く受信·発信する構造のアンテナです。
簡潔にして無駄のない八木アンテナは、はじめからほとんど改良の余地のない高い
完成度をもち、超短波用アンテナとして外国の模倣を許さないものでした。
八木アンテナは、八木秀次が私財を投じてかろうじて特許を取得したものの
当時の日本科学界は西洋崇拝が強く「日本人の発明で重要なものはあり得ない」として当時の学界では受け入れられませんでした。
八木アンテナは一部に知られただけで、それを記載した八木の論文は、日本で忘れられました。
その特許も国から延長が認められず消滅してしまいました。
そもそも*テレビやアンテナについての当時の日本の研究·開発は、世界的に
リードしていたにもかかわらず科学界や国から認められず埋もれてしまい、大変惜しいことでした。
特に精神主義をふりかざす軍人は、八木アンテナレーダーの有用性を頭から認めませんでしが、八木アンテナの論文は、海外で評価され超短波用高性能アンテナ
として認められていきました。
(*1926年に高柳健次郎がブラウン管式テレビの実験に成功している)
720 名前:世界@名無史さん[] 投稿日:2006/08/19(土) 12:43:47 0
1941年太平洋戦争が起き、シンガポールを攻め落とした日本軍は、そこのイギリス軍の
レーダーアンテナが八木アンテナであると知らされました。
アメリカ軍も八木アンテナを装備し、攻め寄せる日本の飛行機を300km前から
レーダーでキャッチし迎撃しました。闇夜でもレーダー射撃で正確に日本艦を撃沈し、
日本軍はやっとレーダーの威力とその重要性に気付きました。
しかしもう後の祭りです。日本はアメリカに破れ、無条件降伏しました。
八木アンテナがアメリカのレーダー等に使われ日本が負けたことについて当時の世間は、
発明者の八木秀次を国賊よばわりされました。
八木秀次の世界的な発見·発明である八木アンテナを敵である英米は認め、それを活用し
戦いに勝利しました。
反対に日本は、日本人である八木秀次の発明を理解せず軽視しその結果敗北し、
挙げ句の果てによけいな発明をしたとばかりに冷たくしました。
自国の優れた発明を使いこなせなかったことを棚に上げて八木秀次個人を責めるのは、
天につばをするようなものです。
当時の政府要人や帝国陸海軍は、大和魂などの精神主義に陥っていたため先端科学を
理解できず惨禍を招いてしまったのでしょう。
そしてそれは、日本人の短絡性と同時に当時の社会の半封建的後進性を示しています。
まだ、この話には余談があります。
八木アンテナの特許を政府は消滅させてしまい、また外国特許保有の財政支援もせず
冷遇した為、日本の八木アンテナの特許権は失われてしまいました。
ところが戦後まもなくテレビが世界中に普及した時、八木アンテナも同時に
全世界に普及しました。
VHFテレビ電波を受信するには八木アンテナ以外にないのです。
もし、この時代この特許を日本が確保していたらおそらく世界に数億台のテレビと
同数売れた八木アンテナから莫大な特許料が日本に入り、日本の戦後復興は
大いに助けられたことでしょう。
もし、八木アンテナ発明と同時期の高柳健次郎の電子テレビ実験成功を評価し、
研究支援を行ってテレビの発明·実用化に成功していたならば、日本は、テレビと
テレビアンテナの両方を発明し、その恩恵は測り知れないものになっていたでしょう。