自分の中学校は女子の数が少なく、男女比2:1くらいだった。
また、女子と仲良くすると冷やかされる風潮があったせいか、男子と女子は一線を置いていた。
男子は男子同士で固まり、女子は女子同士でグループを作っていた。
そんななかで女子と付き合っている男はいたが、よく冷やかされてた。
自分もどちらかというと冷やかす側にいて、男友達と一緒に、付き合っている男女を見つけては、
後ろを走って追っかけたりして、よくからかっていた。
当時の自分はまだ幼すぎて、女子のこともよくわかっていなかった。
このことは今も後悔している。
なぜ、自分も一歩踏み出して女子に近づかなかったのかと。
爾来、女友達も一人もいないし、まともに会話したこともないままである。
そして40代になった今でも、女子に対しては中学時代のそんなイメージを引き摺っている。
しかし、塾の女性講師は、よく喋る。
自分は孤高の人を演じているため興味のない振りをしているが、会話の内容は常に聞き耳を立てて聞いている。
特に男性講師と女性講師との会話のときは聞き漏らさず、すべて聞いている。
彼女らの好きな食べ物や、学校での専攻、誕生日などほとんど知っている。
直接会話したことはないが、彼女らの友人の誕生日パーティーをやった場所や、
旅行先で泊まったホテルの名前、家族構成も知っている。
これらは、ちょっときいただけでも覚えてしまう。
直接会話したことがないにもかかわらず、彼女らの会話の内容ならすぐ覚えてしまうのだ。
司法試験の勉強で、定義や論証ブロックを何べん読んでも頭に入らなかったのに、
こと彼女らに関しては脈絡のないフレーズでもすっと覚えてしまう。
しかし、彼女らの会話を聞くと、複雑な気持ちになる。
自分の理想とする女子に比べ恥じらいがないというか、良く言えば成熟しているのだ。
自分の理想とする女子よりはるか大人なのだ。
外見も中身も、彼女らはやっぱり「女子」ではなく「女性」なのだ。
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